対話形式の掲載にしていますので、ぜひ見てください。
「HINOKI」
チャールズ・レイ
2003年〜2007年制作
アメリカ シカゴ美術館
制作当時の写真
参考: YouTube映像
木で木を彫るという作品で、長さが 13m、直径が普通の胴体のところで 1mぐらい 一番太いところで 2mあります。
この作品のモチーフは倒木なんです。
それで こういうものをアメリカで作ろうと思ったら、寄木の技法がないから 一木で彫ることになるんです。
ただ、これを一木で彫ろうとすると、これよりも もっと大きな木を用意して彫る必要があって、それでも 外側はできるやろうけど、これは長さ13mの木の中がずーっと空洞。
とてもじゃないけど無理があるというので、日本では仏像とかでも ぱかっと割って中を空洞にする寄木造りの技術があると聞いたことがある。
それで、最初 東京の近代美術館さんに問い合わせがあって、 そこから うちに出入りをしている材木商の方に相談があったそうです。
「あ、大阪に面白いのがおるよ」というので、
彼が型を取った樹脂の写真を持って うちに来たわけです。(写真の後ろの黒いものが樹脂で型取りしたもの)
松や他の材料を使って作ろうと思えば、やれるかもしれないけれど、檜、しかも 木曽の檜を使ってくれというのがあったんで お断りをしたんです、最初。
新しい材料で彫ると 充分に乾いていないから、どうしても ねじれたりするので 使えない。
そうしたら 自分が一生懸命、何十年かかって貯めてきた材木を使わないと できないわけですよ。
これだけの大きさだから、ほとんど使い切ってしまう。
仏像が彫られなくなってしまうので、
そんなん、嫌や!
で、お断りを向こうに言うたら、
「一度、この原型を見てくれ。
モノづくりだったら、
これを見て、これを木に写そうというんだったら、
ちょっと 制作意欲が湧いてくるかもしれない!」
って言うんですけど、
やっぱり、私はしっかりと断りを言いに行こうとアメリカに行ったんです。
ロサンゼルスの彼の自宅でお会いした時に
「おー、よう来た、よう来た!」って言って
ものすごく歓迎してくれて。
で、もう彼が この作品の説明に入るので、
もう、やらせる気 満々なわけ。(笑)
「いや 実はね、断りに来たんや。」と言うたら、
通訳をしている人が、
「やるって言ってるよ。」って伝えているんですよ。
(えーっ!?)
(チャールズさん)
「それで、こうして、こうして…
檜で造ったら こんな香りがして、
シカゴ美術館の中に置いたら、こんな香りで充満して、
皆さんの癒しになる。」
みたいなことを 英語で一生懸命に喋るわけですよ。
英語がさっぱり分からんので、
こっちはチンプンカンプンですよ。
それで、
「頼むよ!!」って。
「いや、違う! 私は断りに来たんや!」
そういう話から始まったんです。
そこから材木を集めていくといったエピソードは
2026年3月のピックアップもお読みください。
チャールズ・レイさん、
これが作品になること、
とても嬉しかったんでしょうね!
彼は ものすごく神経質で、
なんて言うかな… ニコリともせん というイメージを
お会いする前に聞いていたんですよ。
美術館や博物館の人によく言われるんですよ、
「この人と よくお付き合いできるね」って。
「あんな いいやつ いないよ」って言ったら、
「うそぉ〜?」って口を揃えて言われます。
それぐらい 気難しいって みんな言う。
でも、私のところへ来て 今まで その雰囲気を出したことはない。
それは、彼の作家としてのパフォーマンス※1でもあり、
あまり人付き合いが上手な方(ほう)ではないので、
いろんなクライアントさんとかにも そういう表情を見せたことがない っていう作家さんなんですよ。
もう30年のお付き合いですけど、
70歳を過ぎても 作品に対する思いや熱意とかいうのは、ものすごいパワーを持っています。
それで自分の思った通りの作品しか作らないんで、純銀の作品といったものも たくさんあるんです。
金ではないけれども、銀なので3tぐらいになるので
材料代とか そういったことでも 彼の作品の相場が高くなっている理由でもあるんです。
この作品はシカゴ美術館が落札したんですけれど、通常はフランソワ・ピノー氏※2といった富豪の方がコレクターだったりして、この人の作品を そういう人たちが集めているので それで値段が上がっちゃう。
この人の作品は とにかく取り合いになるんですよ。
世界の美術館がね。
最初に彼の発想でこういう風にやった これが出発点です。「HINOKI」※3っていう名前で、シカゴ美術館に展示されています。
「MIMU」
チャールズ・レイ
2012年〜2014年 制作
制作当時の写真
参考: YouTube映像
動画は木彫ではないですが、参考としての掲載です。
次が フランスのもう亡くなってしまった人で、
パントマイムの第一人者、マルセル・マルソーをモチーフにした作品です。これも等身です。
この作品で彼は、
「生きて パントマイムをしている感じなのか、
いや、もしかしたら死んでいるかもしれない。
もう一つ先へ進めた感じで作ってくれ。」
という 言い方で 彼が繰り返して 言ったんです。
彼は そういうニュアンスを言うわけですね。
“生きて パントマイムをしている”
今にも動き出しそうな 顔の表情とか手の雰囲気…
我々 仏師の能力としての技術力をもってすれば、
見た形を写すというのは できるはずなんです。
“いや、もしかしたら 死んでいるかもしれない”
それを聞くと、やっぱり 頭の脳の中のどこかで、
ちょっとパチパチッっていう
スパークが起きるんですよ。
どう表現するか。
やったことのない表現方法やけど、
自分が持っているものを なんとか駆使すれば、
この人の許容範囲に入るんじゃないか?
そうやって 彼のイメージに近づけていく。
お釈迦さんの涅槃(ねはん)では、足を揃えて横になって寝てるんですけど 我々の日頃から持っているイメージでは 足がぴったりと揃えてある時は まだ息があるんです。
上になっている足(左足)がだらっと下がった時にはもう絶命した という作り方なんですね。
それをもじって 一応そういうイメージで彫ったよって、彼に伝えてあげました。
「分かった! じゃぁ、お顔は もう少し うすーい
ベールを被った様な感じの目にしようか」
「目のラインを切らないで、
全体にふわっと寝かす感じにして」
「鼻の穴も 実際は もうちょっと深かったけれど、
これも もう少し浅くしておこうか」
表情を決めるというのを なしにしよう ってイメージでやりました。
仏像を彫ることだけやっていると、こんな言い回しで彫刻を理解しながら進めていく ということは絶対しないですからね。
さっきの「HINOKI」の時もそうですね。
朽ちたそのままを樹脂で型取りしてあるので、それを見ながら木に写します。
そこから部分的にイメージを伝えてくる。
「でも、ここら辺はね、生命力があるんだ。」
「でも、ここはもう完全に枯れているんだよな。」
「ここはもう少し こんな風な彫り方はできないかな?」
そういう言い方をするんです。
内側の空洞のところも まず全く同じ様に作ってから
そこを、すこーし 滑らかにしたり、ちょっとタッチを効かせたり というのをあちこちに網羅する。
それで彼の作品になるわけです。
そこを目指しているというか、それがモニュメントなり、現代彫刻を作る上で、“仏像彫刻技法 プラス 何か” が必要になってくる部分やと思います。
作家って言われるのを ものすごく嫌っていたお師匠さんが排除していた “作家の能力” の部分なんですよ。
だけど、私は 今 挑戦しています。
お師匠さんがここにおったら、
「何を しとるんじゃ、お前は?」
って、また言われるかもしれないけど、
やっぱり、我々の手で生み出されるものとして、
“なにか 心の中にある、わだかまり” も 含めて、“未来を見据える希望”とか、作り手がそういった気持ちを持っているのであれば、それを形にして表現するのに この技術を用いても いいんじゃないかなって。
思いの表現っていうのは、昔から伝統的な技術で決まっているものが ベースになって、プラスアルファするか マイナスするか というもので、作品になっていくんだなっていうのは、彼と付き合って 分かってきたことです。
葉っぱに乗っている蛙※4を彫るにしても、
本当に超リアルに彫ったらね、ただの気持ち悪い生物なんです。
それを「うわぁ、可愛い!」って思うような形にするには マイナスをしたらいい。
肖像彫刻の場合は 写真で出来上がってから、その人の根幹の優しさや 厳しさであったりというのは、ここをポイントに いっぺん入れてみようということで、その人の人生観なりに近づくんちゃうかな。
それが彼と作品を作るようになって、ちょっと出てきたというか、自分に入ってきたので、だから 今 こういう仕事もできていると思います。
動物や昆虫といった生き物、それから目に見えないもの、仏像もそうですよね。
こういったものも形として実際に 生み出しているわけだからね。
若い子らが いろんな作品を私に見せてくれるんですけど、私の基準は “技術力の裏付けがないのは 作品として認めない” っていう言い方をしています。
いろんな技術が土台にあって、
そうすると表現の広さも たくさんになって、
複雑になっていくのでしょうか?
簡単に言うと、
「陽」の作品にするか、
「陰」の作品にするか。
ある女の子に あなたはどっちを目指す?と聞いたら、
「陰」って言ったんですよ。
おどろおどろしい作品を作りたい。
あっ、そうしたら こうすべきやね とアドバイスをしたこともあるし、私の中に それが なければ、いっぺん見せてほしいなと言って、逆にその人に問いかけることもありました。
私の中では、まず「陰」と「陽」で二手に分けると
大概 答えが出ると思っています。
私は のめり込んじゃうので
「陰」の作品は 向いていないんです。
「陰」の作品を作ると、
グウッと歪めた顔になっちゃう。
役者さんでも、その役に のめり込んで 役が終わってからでも、それを生活の中でも引きずって 役を演じている時もあるって聞いたことがあって。
それと同じで 恵比寿さんや 大黒さんみたいに陽気な方を彫っていると陽気に過ごしていることが多くなります。
死人を彫る デスマスクっていうのも、
一度 お願いされたことがあります。
ご主人は娘さんが亡くなって棺に入っている時の 顔の写真をいっぱい撮って、これを彫ってくれと言ってこられました。
その娘さんは18歳か19歳の若さで 亡くなっていたので、この顔を彫ったら この時の “すごく悲しかった” という 悲しみの対象になりませんか?
一時の気持ちの揺らぎというか、流れだけで出来上がったものが 横にあると もう その悲しみに とらわれてしまって どうしても 抜け出せなくなっちゃうんでね。
やっぱり 悲しみの対象になると思ったんで、娘さんの一番いい時の写真を見せて欲しいと伝えて 写真を見せてもらったら、何かの大会に出た時のユニフォーム姿の写真があって、それはもう何時間も話をして、
「こっちを置いとかはった方が良いんちゃいますか?」
「ご主人、こっちの方に もう舵を切りませんか?」
と言ったことがあります。
最終的に ユニフォームを着た 上半身のレリーフを彫りました。
そのご主人も 今は もう亡くなりましたけど、
後からそのお兄ちゃんが
「向吉さんに あの時に言うてもらって良かった。
出来上がった時に
初めて親父の本当に笑った顔が出てきたんで…」
と言ってくれました。
制作する側が依頼を受けて、言われたそのまんまでやると
罪作りになる時があると思ったので、なるべくそういう伝え方をしています。
言われたまんまでやる方が作りやすいですよ。
でも、その人の人生を下降気分に ぐぅーっ と追い込むことになるかもしれないので、
なるべく
「ちょっと 時間を置きましょうか」とか、
「いっぺん 1日、2日 話をしましょうか」とか
言う時も ありました。
多分 仏師なら どんな表情でも彫れるはずです。
ただ、その表情で 人に大きな影響を与えることになる。
だから、そこに 自分の気持ち だけではなくて、
相手さんの こっから 1年後、3年後、その先も ずっと仏像は残るので、残るということの意味合いを持って 出来上がるものを説明した方がいいと思って、今はこうやっていますけどね。
“死んでいるかもしれない”という状態を表現する上で
先生のイメージには 亡くなられた誰かのお顔があるのでしょうか?
私が死人の顔で最初に見たのは、おばあちゃん。
その時、私はまだ 3歳か4歳で、当時は まだ土葬でした。
私は爺様、婆様と言っていたんですけど、爺様と婆様は ものすごく仲が良かった。
婆様が亡くなった時、
「お前が絵を描けるようになったら、
婆さんのこの顔、ここの寝てる、
この死んでいる、この顔を描いてほしい。」って
爺様が言ったんですよ。
「うん、わかった」と その時は言いました。
だけど、結局 婆様の顔は描かずじまいで、従兄弟が防衛大学に入って航空隊になって、その時の服を着て帽子を被った爺様の写真を撮ったんで、婆様の代わりに爺様の絵を描いてあげるわって言って、中学生の時にその爺様の絵を描きました。
今でも それは爺様の実家に飾ってあります。
その頃には 薄々 婆様の死に顔を思い浮かべると
また爺様が泣くよなぁ。
と思う様になっていました。
お葬式に行ったり、棺桶に入っている 亡くなった人を見ると、やっぱり生気を失のうて 横たわっている お顔というのは、もう生前のお顔とは似ても似つかぬような感じがあります。
小さい頃から 亡くなっていく方のお顔をずっと見てきたので、こういう風なお顔もちをすれば やはり死人の顔やな というのは どことなくあります。
でも それで作っちゃうと、作品を見たら悲しくなってしまうものになる。
だから、生気をなくすんじゃなくて、お顔は ベールを被したような感じで、どこか奥ゆかしさとか、ふぅーっと俯瞰的に引いて、表情の中にあんまり自分の気持ちの中にあるものを入れないようにして、きちっと決めないっていう様な顔にしようと思って、これをやったと思います。
「大天使」
チャールズ・レイ
2018年〜2020年 制作
アメリカ シカゴ美術館
制作当時の写真
参考: YouTube映像
これを作ってと最初に言われた時、
「これ、足が折れるよ。」って言ったら、
「うん、だから折れないように彫って。」
それだけです。
「じゃぁ、最初にこれを まっぷたつにして、
この足の中に心棒を入れますよ。」
って説明すると
「どんな心棒?」
「ステンレスの棒を入れる。」
「そんな異物を入れてもらっちゃ困る。」
「じゃ、ポキって足が折れちゃうよ。」
「うーん。外からそれは見えるの?」って聞くから、
「見えるわけない。」って言って、結局納得してました。
これも寄木で、台座とともに作っています。
その部分を最後まで取れるようにしておいて、
右足の中に台座から膝あたりまでステンレスの棒を挿れています。
なんせ 木なので 押すと ぐらぐらと動くんですよ。
それぐらい弾力があって 折れないようにできています。
この作品のイメージはキリストなんです。
最初はね、こういう風な手をしているから、コーラの瓶を持って注いでるという風に私には見えたんです。
実際 モデルにコーラの瓶を
持たしたんだと言っていました。
でも それは必要ない と思ったので外したと。
手のここに何があるかっていうのは、
見た人がいろいろなものを思ってくれればいい。
だから、右手をそのまま注ぐような感じじゃなくて、
人差し指と親指で輪を作っている。
これが何の意味なのか、それはあなたが考えてっていう 見る側に何かの思考なり、決定を委ねているところもあると思うんですけど、そこら辺はうまいなぁと思います。
こちらも提案もしますけど、
ここは こんな感じでどうやとか。
仏像彫刻では お顔、手、足 というのは三種の神器みたいなもので、お顔が御簾※5 とかで隠れていても、手を見ると 誰がいつ頃造った時代のものやっていうのが、昔の仏像でもわかるんですよ。
だから 作り手からすると お顔と手と足というのは同じくらい大切なもので 手をうまく彫れる人っていうのは お顔もうまいです。
手も隠れてて 足しか見えてないという時も ありますけど、私が今までお会いした仏像で 足のつくり方が抜群に上手な作り手は、やっぱり その時代を代表する方でした。
だから、この手を彫ることができれば お顔もできて、足も 彼の思いが 出るぐらいの感じにはなるんちゃうかなっていうので、この作品で 一番気を使ったのは 手と足です。
体はその躯体を通じて それに付随した そのレベルのお顔ができれば というところで取り組んだ作品です。
大天使のお顔の表現とかも そうですけど、
例えば、このおしりは20代でも
太ももは40代でも いいんちゃうかとか。
そういう年齢で言ったこともあるんですが、
「うーん。
でもね、やっぱりね、
キリストなんだよ。」
って
意味わからん!(笑)
私は年齢で言ってくれって投げかけたのに。
キリストでも、年代いろいろあるから!
とりあえず はちきれんばかりの生命力を持ってるわけじゃない。
ちょっと熟した感じでありながら、だけど若さはある。
そんな言い方でした。
決め切った内容ではなくて、
作り手にも こう考えさせるというか
そういう部分があるんですね?
それは 抜群に上手いと思います。
「ここは 例外的に こんな雰囲気なんだ。」
「ここはちょっと生命力があるんだよね。」
そういう風に感じさせるために、
どういう風に彫ったらいいのかっていうのを
こっちに投げかけているところが たくさんあって。
部分部分で 彼の言うてるところの
彫り口が 出来上がった後、
ちょっと つるっとしたり
ちょっと ゴツゴツっていうので
もうちょっと刃を入れたりっていうのが
あちこちに出ています。
やっぱり それは 彼の思いを私が感じて、そこに入れる。
呼応という感じの反応で、
何かこっちが感じたものを表現した、
表現したところが、彼のその波動にもちょっとマッチングしたから、この大天使も完成して「次の作品も」と繋がっていってるんだと思います。
これが合わないと「違う」ってなっちゃったら、
もう次はないです。
ま、でもね どこかにあると思います。
「違う」と 感じているところは。
というのが、普通やと思うんですけどね。
対立を受け入れつつも、
うまく調和しているという感じでしょうかね。
彼が その波紋なりイメージを言葉にして説明できる様に ちゃんと受け取ってくれたんで、彼の許容範囲に一応入ったのであれば、制作は向吉悠睦のチャールズ・レイの作品として そこに入るんじゃないかなと思いますけど。
相手の中に存在するものを表現する時には、
作り手の内側にも その感性を持ってないといけないものなんですね。
普段からの観察がとても大事なことだと思いました。
そうです。
見てる顔で一番多いのは やっぱり家族だと思うんです。
うちの奥さん 体を壊したことがあったので、
朝 起きてきた時の顔が、ん?という直感から、
今日は大丈夫そうやなとか、ちょっと今日は夕方近くなってくると体調が崩れるんじゃないか とかいうのが やっぱり分かるようになりました。
それが先に出てきて伝えることもあるし、見てて何かのふっとした拍子で 「ちょっと 休憩しようか」とか言う時もあります。
やっぱり「観る」ということの一番の近くにおったのが 家族だったので、そういうのが彫刻を造る時の見方というのに ために なっていると思いますね。
あっ、そうそう。
これね、まだ若い頃の中村勘九郎さん。
あの人が踊りの名手と言われてたんですけど、
「向吉さんて あれだよね、
いろんな顔というか、技術の幅 広いよね。」
って言うから、
「いや、あなたに初めて踊りを見せてもらった時に、
手の、それこそ1mm、2mmで
表情があれだけ変わるっていうのは
初めて思ったわ。」
って言ったんですよ。
そしたら、(手をパシンッと叩いて)
「そこなのよ!
その日の気分で踊ると、
同じお客さんが毎日来てくれても
雰囲気を変えられる。
そうすると、昨日とおんなじ振りの踊りなんだけど、
俺が踊るのと息子が踊るのとでは、
硬さ、柔らかさ、優雅さが 全部違うはずなんだけど、
俺自身でも 違うんだよぉ〜。」
それを聞いて、
「毎日の雰囲気で変えてあげたら、
お客さんは、毎回新しい あんたを
見てもらって変えられるということかぁ〜」
って言ったら、
「ご名答っ!」
って 言ってくれてね(笑)
私たちは技術職なんやけど、芸事とかやってる人らっていうのは、まぁ〜、努力家※6ですわ!
当たり前のように努力していて、
当たり前のように努力するのを惜しまない。
女形の坂東玉三郎さん、
あの方がテレビでちょっと面白いことを言っていました。
若い子らから質問があったんですけれど、
「どうやったら 上手くなりますか?」みたいな内容に
「今、どれぐらい努力してる?」
「1日 5時間やっています。」みたいな感じの答えに
「私、あなたの頃だったら、15時間やってたのよ。」
という言い方をしたんですよ。
「え? 15時間もそんなに練習できますか?」
って言うので、
「もう寝てる時以外は 踊りのことしか考えてなかった。
自分が踊っている姿とか、他の人が踊っている姿。
手の雰囲気というのを四六時中
ずーっと思いを巡らせて。
寝てる間には、夢でも見ていた。
あなたは そういう時間を自分で采配してる?」
「いや、私はまだそこまで‥」
「まだまだね、
まだまだ 努力する時間も力量も
足りないと思うわよ。」
という言い方をしてたんですよ。
先斗町でもそうだし都踊りもそうだし、芸事をやっている人らは、ほんとに死に物狂いでやってるもんね。
足袋の中の 足の皮が めくれてますからね。
それぐらい すり足で稽古をしてやっている。
だから 畳の上では 稽古しないって言ってました。
「畳がすり減らないように廊下でやってる。」
っていうのを聞いて、
いやぁ〜、この子らは上手くなるはずだわ!
って思いました。
老舗の子らは 2〜3歳の頃からやってますからね。
15〜18歳で入ってきた子らというのは、その時点で10年以上遅れてるわけです。
それに追いつくとなったら、尋常じゃない努力をしてるというのを聞いたことがあります。
この仏像彫刻の世界も大学を出てからくる子がほとんどになりました。
それは 平均寿命が長くなったから 私はいいと思うんです。
最近、自分に厳しくできる子って あんまり見たことない。
何て言うかな、普通に上手く無難に作品を作っちゃうって言うか…
そういうとこには あんまり行ってほしくないんですけどね。
極端に 鎌倉なら鎌倉!
平安なら平安!っていう感じで、
一回、突き詰めてやっていくところがあれば、その時の時代背景から何からを飲み込んだ上で 自分の作品にそれを表してくれる方が 今後も出てくれば ありがたい という風にも思います。
東京芸大卒業生が 毎年1,000人出る。
その中の彫刻科でも100人ぐらい いるんですよ。
現代彫刻も含めて。
それが 毎年ですからね。
それで 全員が 競争相手なんですよ。
だから、弟子達にも言いますけど、東京芸大卒の彫刻科だけでも毎年ライバルは100人ずつ増えてるからね。
で、毎年100人辞めているけど!(笑)
ずぅーっと、新しい人たちが ライバルとして出てくる。
だから 50歳になろうが、60歳になろうが、新人さんと どこまで張り合えるか、それをずっと思っていかないと。
自分は もう年齢もいってきたし、大御所に近くなってきたとか、そう思ったら負けだからねっていうのはよく言ってますけどね。
私も自分に言い聞かせているようなもんですけど。(笑)
そらねぇ、上手いですよ!
上手い人って山ほどいる!
デッサンでも抜群に上手いですよ。
この建物の2階に原型師って言われている人が作った
フィギュアを置いています。
仏像彫刻を勉強してないにもかかわらず、
仏像を彫らしても形をきっちり作れる。
目がすごいんですよ。
"だから こうしてる” という理屈を知らないのに そう作れるっていうので、原型師と言われてる人たちを本当に尊敬します。
そういうところに長けた人ばかりが集まって鍛えられた環境に居てる人らやから、どれだけの才能があって、どんだけ努力したんやろって思っちゃいますよね。
観察力があって、それを見て そのまま写せる。
目のあたり、ここにコンピューターみたいなもので、
バチッバチッと 形だったらそのまま写せるっていう。
で、それに今度のキャラクターは こんな感じの表情と生き方をしてきたキャラクターだから、ここはこうしなきゃいけないとか、 ここはこうした方がいいんじゃないかという意識を持って、そこを変える。
目つきとか、指先とか骨格とかいうのを変えられるという能力を持ってますからね、もう既に。
独り言で
「これは鎌倉時代の運慶が作ったやつ、
運慶、運慶、運慶...
よし、運慶や!」
自分が運慶になったつもりで作っているとか、
そういうのを普通に言いますからね。
「運慶と快慶はどう違う?」って聞いてみると
「ん、ようわからんけれど、こっちがきっついねん。
これはな、キャラクターで言うと、
悟空(ドラゴンボールの孫悟空)やねんっ」とか、
それと合わせて、
「で、こっちはサスケ(ナルト)やねん!」
という言い方をするんですよ!
あっ、なるほど。
やっぱり そういう身近な人に転移させて 作ってるんや!
あれは すごかったなと思いました。
自分はそんな作り方してないな※7 と思ってね。
例えば、原型師仲間同士で話をするのは、めったにないそうです。
やっぱり相手の邪魔にもなるし、自分の考えを押し付けることになるんで、あんまり話したことがない。
その原型師は、
「でも あんたは別や。どこにも差し障りがない。」
だから よくここに来たり、私が行って話しもします。
昼間から 酒飲んで。(笑)
前に第二工房へお邪魔させていただいた時に作っておられた作品がチャールズ・レイさんの新しい作品なんですか?
そうです。
今年の9月か10月に来ると言っていて 次の作品の途中 あがりをまた見に わざわざアメリカからね、奥さんと一緒に来てくれるんです。
リュックを背負った彼の友達の台湾人の李さんが今回のモチーフなんだけれど、李さんが 工房まで歩いて行ったら多分、丸1日かかっちゃうんで、明日の朝出かけて野宿をして明後日に行きますって言うので、冗談で「今からであれば、明日の夕方には着くよ」って言ったら、歩くのが大好きだったんで、京都ぐらいの距離を歩いてきたんですよ。
夕方に「おっ、来たよ」って言ってきたんで
「何で来た?」
「あんたが言ったから、あれから歩いてきた」
っていう変わった友達もいてるんです。
チャールズが言うには、
李さんは私の生き写しみたいだと。
「この私を表現するのに、この友達は私と同体だ。
彫っているのは台湾人の李さんだけど、
中身はチャーリーだからね。」って、
これは そういう言い方から作っている作品です。
そういう謎かけみたいなことも言うんですけど。
イメージを持って、彼やったらどんなものを作るかというのを覚えておいて、でも見た感じは李さんだから、まず私は李さんを造ればいいんです。
その後、彼が思っているところの ここはもうちょっとこうすれば僕に近づくかなとか、
そういうイメージを次に彼が来た時に多分言うと思う。
彫刻は一応 9月いっぱいぐらいを目処に作っていて、今度はね 彩色することになっててね。
文化が全く違う中で 感性でつながっているからこそ、
また一つの作品が生まれているんですね。
お付き合いしてる間でこっちも刺激をもらっているし、 だから向こうも刺激に感じてくれる部分がある作品が
こうやって生まれてくれば ありがたいですね。
※1
自分の表情もパフォーマンスにしている作家の例
例えば、万博の塔を作った岡本太郎さん。
あの人が「うーっ」ってやってたあの顔というのは、
あれはパフォーマンスですからね。
普段から、あんなんじゃないから。
ピカソもそう。
私は最初に岡本太郎でびっくりして、ダリでびっくりして。
でも、それができるということは、要するに演じている演者でもあるわけです。
作品のための「俺の顔」みたいな。
そうか、この顔がこれを作っているのかというイメージを持った時に、
この作品が生きるっていうのも、そういった作家さんから学びました。
でも今は、チャールズさんに会ってから、もう そういう考えをやめました。
例えば、髭を蓄えて剣道着みたいなのを着て、先にその雰囲気を作ってから、
パフォーマンスに入るという人も、私の友達に何人もいますけど、
私には必要ないな と思ってね。
若い頃は白髪でお髭を蓄えてっていうのはすごく憧れた時期もあったけど、
60歳を超えたら、ほっといてもそうなるやろと。
そういう風に思えるようになってからは すごく楽になりました。
だから、若い頃の20〜30代の頃は年齢いくのがすごく早く来て欲しい、
早くその老獪な感じを出したいとか思ってて、
着るものとか雰囲気とか、髪の毛を伸ばしてみたりというのも
一時期ありましたけど、ただのずぼらにしか見えなかった。
だから結局やめましたね。
※2 フランソワ・ピノー氏
私設美術館「ブルス・ドゥ・コメルス - ピノー・コレクション」
※3
チャールズ・レイさんで調べたら、いろんな作品が上がってきます。
この「HINOKI」も彼の代表作という感じで取り上げてくれています。
※4 葉っぱに乗っている蛙
いつも散歩に行っている城北公園の前を通った時に、
蛙がね、むっちゃ えらそうだったんです。
こっち見て。
「わぁっ!」って言っても逃げない。
で、それを写真に撮って。
ずぅっと近寄っていっても逃げない。
それで、捕まえたんです。
捕まえてから グァングァンって鳴いてるけど、
顔をじーっと見てたら、
この蛙、いっぺん彫ったろか。
というのが きっかけです。
それで、タッパーの中で1週間飼って。
やっぱり最初は 餌を食べないんです。
そうしたら 顔が崩れるけれど、餌を食べるようになったら また元に戻る。
鰹節を練ったのとか、虫とか色んなものを置いて4日目かな?空になってたんで
食べたぁー!ってなって、それから、1〜2日経った5〜6日目かに
もう一回 写真を撮りました。
城北公園の泰山木の木が有名で
茶色の落ちている葉だと覇気がないので、緑色にして蛙を乗っけたのが、最初。
蛙にも個体差があるって分かったのが、
それから 鹿児島に帰った時も えらそうなやつがおったんですよ。
ほんなら、大阪のと色が違うんですよ。
それと ちょっと大きいんです、鹿児島の方が。
こいつもいっぺん彫ったろうと思って、
おったのが蓮池だったので、今度は蓮の葉っぱで、
大阪のよりも大きめの鹿児島の蛙の柄にしました。
トカゲはトカゲで、これは大阪の太子町。
そこで畑を借りて、芋を作ってたんです。
その近くに美味しいパン屋さんがあるんですよ。
で、よくそこへ行って、帰りにランチを食べさせてもらってたんです。
耕すとカブトムシの幼虫とかムカデとか いっぱい出てくるんですよ。
草むしりが大変やったんで、みんなを連れて行って
芋を収穫して、みんなに分けて。
それをやっている時に、すんごい尻尾が長い トカゲが出てきて。
そつも捕まえて。(笑)
トカゲにしては 迷惑な話ですけどね。
それも1週間ほど 飼うて。
最初 パッと見た時は 可愛い顔をしてたんですよ。
連れて帰って、次の日に見たらね、
やっぱり顎が歪んでました。
怖かったんやろうね。
蛙の時と同じやなと思って、餌を食べるようになったら、
元に戻って割と可愛らしい顔で、それも作ってやりました。
牛は うちの爺様が飼ってたんですよ。
馬も爺様の隣の長男さん、うちの母親のお兄ちゃんが馬を飼ってたんですよ。
駄馬ですけどね、農耕馬。
それをサラブレッドにしてくれって お客さんに言われて、
無理! これは農耕馬!(笑)
ほんなら サラブレッド見に連れて行ったるということで、
福岡まで 連れていってくれて 見せてもらったのが ディープインパクト。
お顔の正面に菱形をちょっと崩した形の象徴的な白い毛があるんですよ。
「目のここが もうちょっと こうなったら 他の子らと違うだろう。」
「この子は 前足が強いんや。
後ろ足も強いんやけど、この子はね、前足も強いんや!」
「筋肉の付き方で、ここは肩がこうなんや。
肩の筋肉がこうなってるんや。」
という 他の子との違いを一生懸命 教えてもらいました。
その時、将来的にディープが引退をしたら “空飛ぶディープ” っていう命題で
レリーフを作って欲しいというものでした。
結局、縁のあった動物なり、昆虫なりが作品になっているんだけれど、
とうとう縁のないホタルの依頼が来たんです。
京都へ行ったら、貴船のところにゲンジボタルがいるっていう。
ホタルは天然記念物になっていて 自分で飼うことができないので、
捕まえて持って帰ったらいかんけど、写真を撮ろうという話になって、
そこに行ったら、
真っ暗じゃないですか。
見えないんですよ!(笑)
自分で手の平に乗っけてって言うけれど…
いやいやっ!撮れるかぁ! !
もぉ ええわ!と思って、
お客さんに
「このホタル、縁のない動物を初めて彫りますけど、それでもいいですか?」
って ことわりを入れたら、
「うんうん、ええ、ええ。」
って簡単に言うたんで、腹立つなぁって。(笑)
だから、それは映像だけでやりましたけど。
ホタルも彫ったことがあります。
※5 御簾(みす)
神社や寺院、宮殿などで用いられる格式高い「すだれ」のことです。
細かく削った竹ひごを編み、縁(へり)に美しい布地をあしらい、
房(ふさ)などを下げて装飾された
日本の伝統的な建築・室内装飾品を指します。
※6 努力家
跡継ぎさんが恵まれた環境で努力をして、努力の仕方を覚えて、
天才って言われるところまでたどり着ける人は、ほんとにごく一部です。
後継さんは先を走れるんですよ。
同世代の人らよりも自分は長くやってるから、やっぱり上手いんですよ。
でも、上手いって思っちゃうと いつの間にか この子らに抜かれちゃう。
で、抜かれた時に腐っちゃう。
映画「国宝」
あの映画、まさにあのまんまやと思います。
あれも天才と言われる子らが努力をした結果、あそこまで行った。
途中から入った もう一人が更に努力をして、
跡継ぎに追いついて主役を取ったという
いわゆる成功物語みたいな映画でしたけれど、その葛藤を見せてくれました。
あれは本当に見事でしたね。
だから、そこまでの気概を持ってやっている跡継ぎさんが
今はどれぐらい居るやろう?と思って見てましたけど。
いやぁ〜、やっぱり、君はうまいなぁ〜とか言って褒められますからね。
それで あぐらをかいちゃうと、いきなり もう抜かれますからね。
※7
身近な人に転移させて作品を作り上げる原型師。
自分はそんな作り方 してない。
現代彫刻には仏像彫刻とは違ったアプローチもある。
現代彫刻に仏師も挑戦していますけど、
大っぴらに、こんなんを造って ここに納めましたというのは
あまり皆さんは 言わないですよね。
やっぱり お付き合いしている先がお寺さんが多かったら
私みたいに展覧会をしたり、こういう風に公開したりという方は、
多分、今は いらっしゃらないかもしれないですね。
もし厳格な違い云々というのがあれば、自分で公表したりもするでしょうけれど。
逆に現代彫刻をやっている人たちが仏像を彫ったりすることもあるわけですね。
だから 逆に その人たちがこんな仏像を造りましたって 公開してもらえば、
あっ、また向こうが こっちのエリアに入ってきたぞ!
よし、こっちも 向こうのエリアの中に入っちゃおう!
って 思ってくれてもいいわけですよね。
前回のピックアップのテーマだった各工房の中にしかなかった言い伝えを
「秘伝」としていたので、公開することや工房同士の交流とかは全くなかった。
今だったら展覧会があったり、合同で秀作展みたいな腕比べもできるし、
交流もできるわけですよ。
それをできるようになった今であれば、
公開できるところは公開して、欲しいところがあったら欲しいと言って
教え合うという様な交流があればいいなぁと思っています。
うちは割とそういったものを全部公開している方なので、
昔、自分らが怖くて よう聞かんかったことでも ずけずけ聞いてくるからね。
お客さんへの対応が わからないとか、
どうやったら顧客を見つけられますかとか…
そんなん わかるかい!(笑)
私だって 最初は 誰も おらんかったわ!
借金だらけ!
今は そういったファンと思ってくれる方が いますけど、
「ファンになって」と言って、なってもらった人は 一人もおらんよ。
いつの間にか、そんな風です。
もう 面白いよ。(笑)
でも、まぁ こういう雰囲気で こう難しく考えないでやる方が、
お客さんも 話は しやすいんでしょうけどね。
だから、
「はい、なになにで ございます!」
なんて説明をするよりも、
「いや、ここね、こんなん使ったんですわ」とか言って、
普通の会話ができるようになってる子らの方が、
仕事は順調やと思いますけどね。
こないだは
「向吉さん、百貨店で売るには どうしたらいいですか」
っていう質問まで出てきて…
百貨店さんでのエピソードは
2026年5月のピックアップもご覧ください。
私も やっと仏像が彫れるっ!
その喜びの方が強かったスタートでしたからね。
だから 依頼されたものが もしかしたら、価格帯では
最初は低いかもしれないけど、
それを断らずに どんどん続けていった子らが多分残ると思うんですけど、
それもね、やっぱり やってみて 3〜4年 経たないと 分からないですよね。
いつの間にか ここに何か材料を買えるお金ができているとか、
ちょっと1ヶ月分、2か月分の家賃がたまっているとか。
借金が溜まってるんじゃなくて、
それを払える分のお金がここにあるっていうような話になってくるのは、
やっぱり やり続けた子しかないと思うんでね。
今それを言っても 多分 分からないなという子もいますけど、
とにかく 好きで好きで たまらん という子らしか 残らないと思います。
それでも、あーー、しんどい! と思うんですけどね。
私も一回 辞めようと思ったことが ありました。
探しても、探しても 依頼主に辿り着かないとか。
営業活動ではないけど、こんなんできます!って言っても
いや、こんなん いらん いらん。
門前払いというのが ずっと増えてくると、
やっぱりね、もうしんどい って気持ちに なっちゃうんですよ。
こんだけ やって やって やって、やり尽くしても
しんどぉーて なんにも 楽にならんって 思った時が 一回だけあります。
その時だけ。
でも続けてますもんね。








7月のピックアップでは、儀軌や昔からそれぞれの工房に口伝や書物で伝わる造仏法のお話、これが根本という話をしましたが、今回はそれを活かして現在の仏師がどんな仕事をしているかをご紹介します。
仏像彫刻の技術・技法だけでこういったものも作れるというのを 若い人にも見てほしいと思って今回はこのテーマにしました。
私が 今習っているのは 高村光雲さんの生き方で、あの人と同じようなやり方かもしれないけど 自分も いろんなものに挑戦をして、形をいっぺん作ってみようと しています。
駄目だったら また捨てれば いいだけのことなので、まずは いっぺん やってみよう っていうので、モニュメントのようなものにも挑戦し始めたという きっかけを作ってくれたのが、チャールズ・レイさんとの作品です。