対話形式の掲載にしていますので、ぜひ見てください。
今回は中村佳睦先生の作品、
「飛天」を参考にしてお話をお聞きします。
神々しく自由な世界観を満喫するための雰囲気を作ってくれているのが、天女なんです。
美術館やお寺といったお堂を一つ、任せていただいた時、
まずメインが決まり、次に脇が決まります。
その上で、建築の方々と色んな話をして、高さ・幅・奥行きが全部決まります。
そして最後に 仏教的な仏さんの空間にする時に、天女であったり羽衣を巻いた楽器で雰囲気作りをします。
包み込んでくれる 優しい観音の世界をもっと分かりやすくするために、
天人が ふわぁー っと 手前に来てくれて、
「よく来たね」って言ってくれる雰囲気があったら、入りやすいだろうなぁって思います。
それぞれの仏さんは 経典に書かれた仏教の教えに基づいた世界を一つ一つにちゃんと持っています。
例えば、お不動さんや毘沙門さんは厳しい。
ただ、厳しい厳しいといった世界だと本当に選ばれた修行者だけしか その入り口に入れない。
もちろん、そういったお堂もありますけど、あんまり怖いところだったら入りたくても入りにくく、いろんな方には通じないですよね。
入り口に仁王さんや武将などが立っていたりします。
そこから奥へ入ると一番最初に目にするのが天女で、その厳しさを ふわぁー っと和らげたり、入り口を広げたりしてくれているんですね。
ですので、全体の役割からすると可愛らしく小さくまとめられていて、パッと拝見した時にニコッとできる存在が、天女さんなんですね。
仏さんを造る時、絵であっても 拝みにきた人と目線を必ず合わせたり、この場所に立ったらこんな風に目が合うといったことを計算します。
だけど、天女に関しては 目線はあんまり合わさない。
目線が合っているのもありますけど、ちょっと外して虚空を見ている方も多いんですよ。
だから、普段の仏さんではしないスタイルを取ってもらうことができるんです。
いろんなことを考えながら、今までやってきました。
こんなスタイルが良いとか、ひっくり返って仰向けになって ひゅ〜ぅ っと飛んでいるとか、
そういうのをお堂の中で群像で表現すると、世界観が現れますよね。
それは、佳睦さんが むちゃくちゃ うまいんですよ!
佳睦さんは彫刻もやっていたので、こんな格好で飛ばしたら良いけど、こんな飛び方は世の中には無いといった、
絵に描いた姿が立体で想像できているんです。
だから佳睦さんの絵を見て、それで壁に絵として貼ったり、 欄間(らんま)師にも図案、図面を提供して欄間として彫って、入れてもらったりということも多かったですね。
絵を立体にする場合、例えば30cmの厚みのところを奥行き10cmや15cmで彫るとなると立体感で斜めに歪ませなきゃいけないんですね。
そういうのって、やっぱり欄間師の方は うまいですよ。
そういったことがきっかけで、いろんな方との繋がりもできたし、長くお付き合いをしてると、
その人たちが持っていた技量に自分が持ってる資料を提供したことで「勉強になった」と言ってくれて、すごく喜んだこともあります。
たくさんの天女が自由に飛び交う仏さんの世界、
その世界観を目の前に実現させているんですね。
中国には、こういう飛翔する天女が たくさんいらっしゃいます。
一番勉強になったのは取材旅行で行った 敦煌(とんこう)の莫高窟(ばっこうくつ)です。
仏教はインドで起こってシルクロードで伝わってきて、今も各地に遺跡が残っています。
私たちは歴史の順にインドからスタートして、いろいろな国に行って目の当たりにして、自分たちの参考にして この仕事に生かしています。
敦煌は、普段観光で行ったりすると20窟しか見られないんですが、そんな中で80窟も開けてくれたんです。
いろんな仏様がいる洞窟の中で、取材をしたり、写真を撮ったりしている中で、ほとんどの洞窟の中にいたのが天女なんです。
日本と敦煌の天女はちょっと違います。
例えば、全体で天女と言われている場合、横に飛ぶスタイルが多いと思いますが、縦のものは敦煌が発祥なんです。
今でも縦型で飛んでいる天女というのは、日本ではあんまりやらないんですよね。
それは、日本はお堂の中で縦壁をあまり設えていないからなんです。
中国の宮殿や その洞窟の中というのは壁が縦に全部空いてるんですよ。
そういうところにも天女を掛けるとなると縦型の天女がどうしても必要になってきます。
だから敦煌の莫高窟には、上の壁には横に飛んでいて、上からおりてくる姿があるのですが、
下の壁に書いてある天女は縦型が多いんです。
佳睦さんもこの縦型を描いてみたかったので、敦煌へ行った時に自分流にアレンジをして、その時に初めて縦型のこの天女を2つ描いたんですよ。
「これをそのまま上に上がって、しゅぅーっと飛んだ、そうするとこうなるよね」
ということを衣の流れであったり、そういうのを2年半ぐらいかけて図を描いて書き直してを繰り返して 彼女なりに昇華させています。
敦煌へ行ってからの4、5年は ものすごい数の天女を描いています。
何度も何度も図を描いて昇華する。
すごいですね。
実際に目にすることで
得られたことが大きかったのですね。
取材旅行などで実際に行った人と資料だけでやってる人とでは、違いがあると思います。
これが財産だと言えるのは、
まず、資料映像の画面のその外の景色が見えるんです。
そして、実際に自分の目で見てみると、写真や映像では判断できなかったところも全部、見えてきます。
「あ、映像では艶やかに映っていたけど、実際の目で見るとこうだったんだな」と。
トルコもタイも そうだったんですよ。
タイの"青の世界"を紹介するのに、資料では青をちょっと強調しているなぁっていう風に 自分にとって そう思えました。
敦煌でも実際に見てみると、くすみ色っていう風に色がくすんで見えていました。
それを褪色と捉えている方もいますが、私は退色ではなくて くすんだという風に思っています。
絵の具の原料は石で、石も劣化しますが、5年、10年で色が褪色するほどに劣化するということはあり得ません。
なので、埃が表面に積もって色がくすんで見えているんです。
立体物では埃が堆積しにくい部分があるので、原色(本来の色)に近い状態が、千年経っても残っていて、
それを参考に全体をイメージしてみると敦煌の莫高窟もかなり艶やかな天人が描かれてたんやなぁ〜って見ることもできました。
文書であれば、その方の文章とは まるっきり違う印象を持つ時もありますし、
季節や時間帯といった対面したタイミングで変わってくると思います。
そういったことから、まだ現場に行って取材をしていない方と話をしていたら、全く噛み合わないんですよ。
でも、現場に行った方が彫刻とは関係のない 絵の人、漆の人、ガラスの人であっても、 そこに行ってきた方とであれば、その話でしっかりとディスカッションできるんですよ。
取材旅行に行くきっかけを作ってくれたのは、天女でした。
いまだに「あそこにいい天女があるよ」とか、
「飛天がいるよ」ってなったら見に行きますし、人の噂でもいいから、やっぱり自分の目で見てみたい。
そういったところで天女とか他の仏さんも研究したつもりなんですよね。
ほんとに何百体って数を実際に見てきたので、自分たちが もしこういうことで作るんだったら、横に飛ぶ、縦に飛ぶ、おりてくる...
こんなスタイルがいいな、こんな風な天女の羽衣の動きがいいなぁっていうのは、すごく参考にしています。
そのお堂の中にどんなスタイルを持って来れば、この方々が雰囲気を作ってくれるかなっていう
作り上げる喜びみたいなものを感じています。
「作り上げる喜び」と聞いて、創作意欲に驚いています。
今も造りたい作品はあるのですか?
「さぁー、何を彫ろうかな」
っていうことが無いようにしたいなぁと思っています。
「自分でこんなん彫ってみたい」
「こんなんを形にしたら…」とか、
「このスタイルじゃなくて こんなんだよなぁ」っていうものは常に頭の中に置いてあるんです。
常に彫ろうというものがある。
それがある間は、仕事ができると思っています。
いただいた仕事をしながら、何か自分でこんなん彫りたい、あんなん彫りたい っていうのがある間に仕事をしたいなぁっていうのがね、やっぱりありますね。
目の前の作品を彫っているけど、チラッ チラッて自分の中で見えてきたら、彫っていたのをちょっと置いといて、
見えてきたことをちょっとやっていうのが自分のスタイルだと思います。
いつも見て触れる状態にしています。
天女さんも一応、自分の中で噛み砕いて今までやってきたつもりですが、 なんと言うか、私がまだまだ解読できていない部分というのは あると思います。
そういうのも合わせて、
今まで 自分たちが ずっと追い求めてきたことや、
取材してきたこと、
最初はこう思っていたけど、今はこういう風なもんを造りたいんやなぁ、
僕らはこっちの方向に進んでいるんやなぁとか、
当時こんなことを思ってやってたんやなぁというのが、
こうやって「やさしく わかる 仏像 入門」※2の本や佳睦さんの本で一冊にまとめた時や、昔の作品を見ると分かったりします。
天女の姿でも変遷があります。
今まで40年やってきて、天女さんはこれぐらいの感じかなというところでまとまっている部分もありますけど、
何かちょっと挑戦したいなっていう天女さんもいてはるんです。
まだ消化ができてないというか、そこまで行き着いてない。
まぁ、あと10年生きるか、20年生きるかわからないですが、 その間に「こんな形、こんなイメージ」というのが出てくれば 天女はやりたいですね。
追い求めてきたこと、今の状態や変遷も含めて
新しい意欲を持っていらっしゃることにいつも刺激を受けます。
”常に彫ろうというものがある。
それがある間は、仕事ができる。"
今、この言葉が私にはズシンッて響いています。
今回も、本当にありがとうございました。
※1 女性っぽい...天人には性別がなく中性
※2 向吉 悠睦/中村 佳睦 (著) 2007年7月13日 ナツメ社


















天人(てんにん)、天女(てんにょ)という言い方をしますね。
死の淵に立つなどの苦難に見舞われた時に人の目に見える形で現れて、救いの手を差し伸べてくれる 一番身近な仏さんっていうのは、私は天女だと思っています。
それが幻想なのか、その人が頭の中で想像した絵づらなのか、それはちょっと分からないけれど、
光輝く中で女神の様に"女性っぽい"※1 姿で見ることが多いと聞きますね。
観音さんと同じような格好をしていますが、空を飛んでいるような方々で天部の位(くらい)に入ります。
もしくは菩薩だけど、空を飛んでいる場合もあります。
羽衣は空を飛ぶための道具と言われていて、菩薩さんも身に纏っているので飛ぶことができます。
眉間の真ん中の白毫(びゃくごう)は如来や菩薩の特徴であり、天女には通常見られないものです。
だけど、天女によっては白毫が付いてるものもあるんですよ。
その違いは、その時の作者や依頼者の意図や思いなどで付けるか付けないかを最後に判断することがあります。