対話形式の掲載にしていますので、ぜひ見てください。
今回は向吉悠睦先生が実際に使っている
道具についてのお話をお聞きします。
今月は仏像ではなくて、
ちょっと道具の話をさせてもらおうかと思います。
まずは道具の違いについてです。
まずお寺に納めたりする仏像を造る時に
鑿(のみ)入れ式をします。
この鑿入れ式というのは、鑿で一刀目を入れて
「これから造仏に入りますよ」という儀式で、
お寺さんにお経を上げてもらいながら、
関係者の皆さんに一刀ずつ入れてもらって祈願し、
「滞りなく仏様のお姿がお生まれになりますように」
といった願いが込められます。
我々も怪我をしないように
最後まで仕事を全うできますように
という一つの儀式でもあります。
今まで鑿なんか握ったことがないという人も、
私たちが横について鑿の方を持っていただいたら、
根元の角度を決めてあげて、鑿を叩いてもらう。
実際に作る材木を寄せて、
それにお顔、本体を全部(光背や台座は除く)書いて、
それで横の方の取れるところをしっかり皆さんと一緒に取っていきましょうという感じで行います。
ご自分のところのご縁のお寺さんが造るにあたって、鑿入れ式をやる仏師さんかどうかというのも分からないですから、 仏像の鑿入れ式に参加するなんていうのは一生に一回 あるかないかという機会です。
その様子の一つ一つを写真に撮って、しっかりこの儀式に参加しましたよという冊子を作ってお渡しします。
それから制作に入って、制作が終わったら、
開眼(かいげん)法要でお像のお姿の中に、御霊(みたま)といって、仏さんの魂というか 心が入ってもらって、
そこから皆さんに問いかけをしたり、話を聞いてくれたりという仏さんとしての役割が始まります。
その時からお像が彫刻品ではなくて 仏さんになります。
式の時は、実際には 木の塊でしか見れなくて、
そこに絵が書かれているだけ。
それに「コンコンとやったりとかしたものが、どうなるんやろう」って思っていたものが、
出来上がって そこへ持っていくと
「あれが、こうなったんかぁ」って、
まず一つ それがお土産話に乗っかってくれる。
それを ずーっと後(のち)まで 家族や知り合い お孫さん ひ孫さんにも話ができますので、やっぱり やってあげた方がいいなと思って ずっとやっています。
この鑿入れ式の儀式で使うのは、
儀式用のすごく大きな鑿、
木槌も儀式用にちゃんと作られたものになるんです。
儀式用なので これで実際に仕事をすると
多分、柄の頭が割れちゃいます。
だから叩くにしても 音を出すだけの儀式用となります。
再生時は音量にご注意ください
今度は 実際に皆さんに鑿を打ってもらうという時には これを使います。
実際の撮影とかで 私らもこれを使いますけど、
これぐらい 叩き込みます。
再生時は音量にご注意ください
実際の仕事では、こういう銅でやっています。
私が銅にこだわっているのは 重さが鉄と比べてちょっと比重が大きいということで、サイズが鉄より小さくなるので、音が小さくなるというのもあります。
再生時は音量にご注意ください
金槌の柄の長さは 大体決まっているんですけど、
私のサイズは短い方です。
それが私のサイズです。
人によって道具が違うのですね!
人の体に合わせた道具というのが 第一義※1です。
だから、新弟子さんが入る時には、まず その人に合った道具 合った椅子 合った座布団、そういうのを全部調べます。
我々が新弟子の頃には そんなことはせず、
余った ありあわせの道具を使ってましたけど(笑)
とにかく自分が腰痛と痔、これで本当に苦労しました。
みんな黙っていますけど、みんなも同じ様に腰痛、膝、手首、痔、首で苦労していたはずなんです。
その子に合った道具を 最初から準備してあげるところから始まっています。
とにかく、ずーーっと座り続けるじゃないですか。
だから、それを まずやらないと長く続けられないですね。
昔は、屈んで足に肘をつけて固定してやってやる人も多かったんです。そうすると固定されて動かないんですよ。
それで、ぎゅっと固めて 肩をいからせて 首を前に といった姿の彫り方やったんですけれど、
そうやっている人は 普通に立っても右肩が上がっているといった 変な姿勢になっていると思うし、それを直すことに時間を費やすよりかは、ならないようにした方が良い。
そこで私が内弟子6年目か7年目の時にすごく綺麗な姿勢で彫っている人がいて、その人を真似しています。
首や肩とかを痛めていない綺麗な姿勢でやっている方々が、今も残っているはずです。
仕事を長く続けるために しっかりとした姿勢を知っておくことが大切なんですね。
先生の姿勢は、いつも良いですね。
私は とにかく横のブレが嫌なんですよ。
私でも まだ背中が曲がっている方ですよ。
うちの奥さん 佳睦さんの姿勢が綺麗なんです。
修行時代は もう肩こりで 頭が痛くてしょうがなくて、それはやっぱり首の歪みで 整体の病院を紹介してもらって、それで4年ぐらいかけて治しました。
「まぁ、治し甲斐のある体や」って言われてね(笑)
それを最初から言ってくれて、
用意していただいているというのが、すごいですね。
言っても、実際に痛めないと なかなか わからないものだったりするので、弟子には その理由を言って
「こうしないと 将来こうなるよ。」って伝え方をしています。
「そう持っていると、こうなっちゃうよ」というのを
「こんな指になりたいか?」
「こんな肩になりたいか?」
と見せて やってきていると、ちゃんと直ってくれる。
「道具も長く使うと、その人の味が出る」
という言い方がされますが、
私は「癖が出る」って言い方をしています。
新弟子さんを迎える時に、
例えば学校で使っている道具を見ると、
この子は多分、手首を痛めるな、肘を痛めるタイプやなというのは先に分かります。
その癖を見抜いて、
こんな打ち方をするんやったら 多分ここが痛いだろうとか、逆の上の方を叩く人はこっちが痛い。
だから この病気になりやすい、その子の自分の職業病も見えてきます。
やっぱり長く続けてもらいたいので、その方向をまず直します。
道具は やっぱり その人の写し鏡なので、どのメーカーを使って、どんな使い方をして、どんな変形をして、
それを直すために どうやってるかというのをやらないと 多分20年、30年続かないです。
力任せで仕事をしても、ある程度のところで止まってしまって そこから上に伸びにくくなる。
だからその工房の方の道具を見ると、どんな彫り方をしているのか、どんな木槌なり 金槌を使っているのか というのも分かるはずです。
腕前もわかります。
「君、鑿の使い方 下手やろ?」
って言われたことがあるんですよ。
だから 私は、
「いや、違う。
打つところの様子を見てくれ」って言って、
「これは斜めになっていないでしょ、
だから 金槌のここで押しているので、ここで
私はこれでいいんだよ」
という話をしたことがあります。
ものすごい 言い訳でしょ!(笑)
左の金槌の右下、斜めになっているでしょ。
これ見ると 絶対 下手くそなんです。
彫り口でも 本当はまっすぐに叩いた方がいいんです。
だけど、脇を締めすぎるとか、いろいろなやり方が変わっているからこうなっている。
だから、20年経って銅がここまで凹むというのは、
やっぱり最初は右の金槌の形なんでしょうけど、
長年使っていると その癖がこうやって出ていることになっているんでしょうけれどね。
昔は、昔の癖のままでやり通せという風に言われていましたけど、その道具を100%使いこなせないところになっていくので、姿勢や癖を直すことは とても大事なんです。
道具を長く使ってきて、こんな彫りで こんな風な扱いができるだろうというのをはるかに超えて 120%や130%まで能力を引き出す人もいます。
それはやっぱり新しい彫刻刀を自分でデザインをして作れる人です。
こんな風なのがあったらいいな こんな風な角度があったらいいな っていうのを 新しくデザインできるタイプの使い手だと思います。
刀(かたな)でも 自分に合った刀を作ってほしいというのを、漠然に言ってもわからないもので、
切り口とか動かし方とか、力の入れ具合とか、こっちで引く人と こっちで押す人で 刀の作り方も違う。
全然違う風に作ると 刃が折れてしまいます。
好みの作り手さんに来てもらって こんな使い方するのに合っているものを 使っている状態を見て作ってもらったこともあります。
結局、彫刻をする人と鑿や彫刻刀を作る人って セットなんです。
仏画を描く人も、仏画を書いたままでは完成しないんですよ 表具師さんとセット。
だから、職人同士の意思疎通がないと
いいものを作るための道具が 手に入らない。
そういった職人 メーカーさんにお世話になって、
我々は仏像を造れています。
そのメーカーさんのお話もしましょうね。
今、我々が使っているのが
堺の高昇(たかしょう)の刀(とう)です。
我々の時代の前の世代は
京都と名古屋と東京にありました。
京都
貞三(ていぞう)
この方が京都の名人と言われている方で、私らが若い頃 その方にずーっとお世話になっていました。
後継ぎさんがいなくて なくなってしまいました。
三条宗光(さんじょうむねみつ)
お師匠さんが形から何から全部指導して作らせて 自分の名前の「宗琳」の「宗」をあげて「宗光」。
大工鑿と彫刻鑿は違うんですよ 構造的にも。
それで彫刻用の道具を作ってくれと言って、メーカーさんにお願いをして全面的に協力をしてくれて作ったのが この三条宗光です。
私は これは昭和の時代に作った名刀やと思います。
名古屋
宗意(むねい)
私の父親の世代で、父親も私らも「そうい」って言ってたんですけど、名古屋の地元の人は「むねい」という言い方をしていました。
後継ぎさんではないんですけど、お弟子さんで名古屋でやってはる方もいますけど、焼入れが全然違って固くなっちゃってるんです。
一回出て、関東で勉強して来られたので 向こうの焼入れの仕方になって、我々が使いやすい彫り口ではなくなっています。
東京
小信(このぶ)
光雲(こううん)
関東系の硬い彫刻刀は長切れがすると言って、
彫刻刀を一回研いで丸一日使えるか もしくは一日半使えます。
刀鍛冶の方が鑿や彫刻刀を作ってくれたので 刀と一緒なんです。
焼入れという作業があるんですけどね。
焼入れをすると硬くなるんですよ。
その硬くなるのを極力柔らかいように焼入れをしてくれているのが 京都やったんです。
私の彫り方は、スパスパと切るんじゃなくて こじるんです。そうすると、関東の刃物を使うと欠けちゃうんです。
そういう使い方をする人は割と柔らかい焼入れをする人の刃物を使ってました。
父親の彫り方も割とこじる方だったので、名古屋や京都の刃物を使っていました。
シャリッ、シャリッ、シャリッって切っていく彫り方をする人は、関東系の刃物を使う方が多かったんですね。
うちの兄弟子なんかでも、その彫り口が鋭い方々、まっすぐ切る方は関東の小信とかをお使いになる方が多かったですね。
私も仕上げはシャリシャリ削るから 仕上げは硬い方で というのも一回やってみたんですけど、やっぱり違うんです。
鑿入れ式をする時の大きい鑿も 最初は関東の光雲で作ったんですよ。
お姿も綺麗に作ってくれるので、お願いしました。
鑿入れ式では 一般の方も叩いてもらうので、一般の方はまっすぐ叩けないんです。
そうするとね 刃が欠けて次の人が打てなくなるんです。
それで 堺の高昇で改めて作り直してもらいました。
少し甘切れっていわれる 焼入れのちょっと柔らかいものを使うようになって、それで今 一般の方の鑿入れ式も私らが使う鑿とか彫刻刀もそれを使うようになっています。
これだけの鑿や彫刻刀があるのですね。
これ(写真の真ん中)は もう20年以上使っていますので、ここまでちゃんと付き合ってくると、
そういった道具というのが その人の歴史と使い勝手とで どんどんどんどん変わってくるはずです。
これはあと10年も使えないんですよ。
鋼がもう少しになっているので、研いでいくと もう用をなさなくなっちゃうんですよね。
朝に研いで大体 半日から4分の3ぐらいの午後3時ぐらいになると もう一回研ぎ直しています。
この木の柄も3代目ぐらいになっています。
柄の上を叩いて叩いて、ももけて どんどんどんどん なくなるんですよ。
なくなったらの柄の頭を削って、環(かん)を また中に入れていくんです。
まっすぐの柄の方だと素直に入るんですよ。
だけど 柄の真ん中が太くなっているものは、削って細くしないと入らないんです。
左が内弟子の頃に使っていた彫刻刀で「向浩」と書いてあるのは、向吉浩太朗のことです。
これは私が弟子に入る前に作ったもので、お師匠さんのところにいっぱい弟子がいたので同じような彫刻刀がいっぱいあると、どれが誰のか分からなくなるので
それで皆さん自分の名前を入れたりで、黄色にしたのは 誰もやってなかったからです。
この刃の薄さを比べてみると全然違いますね。
持った時の全体の重さが変わってきます。
ずーっと使い続けるので、私は刃をもう少し削いでくれと言って薄くしてもらっています。
私も もう50年を超えたので、そういったところまで自分がやっぱり使いやすいもの というものを選びます。
左側は分厚いのでちょっと重たく、それを使いやすい人もいるわけです。
重みがあった方が、取り回しが やりやすいという人もいるんです。
弟子に入る前に作ったものは重さとかは全く考えず、
ただ 光雲を使いたかった。
その当時の一番良い刃物だと評判だったんです。
それをずっと使っていたけれど、いろいろ試していくと、
何か自分に合わないな、
もうちょっと軽いのがいいなぁって思うようになって、
独立した頃に右側を作ってもらい、私が今使っているものです。
これは自分の手に合わして 太さとか、長さも親指から小指が私の基準で 人それぞれになります。
彫刻刀の刃は買って柄を自分で作るんですけど、形自体は自分の手に合った自分の好きな この形に作りました。
柄の裾の一番端っこのところなんかは、太さが全然違いますね。
細くしたのは、師匠の影響です。
師匠は釣りが趣味やったんですよ。
釣りの擬似餌も自分で作ってはって、その擬似餌の流れが すっごく綺麗で、それを彫刻刀の柄に使わはった。
師匠の手が 私よりもうちょっと大きかったので、もう1cmぐらい長いはずで 流れがシューっとしてて 更に綺麗なんですよ。
いろいろな彫刻刀を私らも買いましたけど、使いやすいものしか使わないです。
もう錆びちゃっているものもありますよ。
自分でやっぱり一本一本 絶対に自分で吟味して買っているはずなのに、合う合わないってやっぱり出てくるので、時代とともに合わなくなったもの、時代とともに合うようになってきたものとあります。
昔、ちょっと使えなかったもの、使わなかったものも、たまには引き出すんですよ。
引っ張り出してもう一回研いでみる※3、ちょっと叩いてみる時に一緒にちょっと横に置いておくというのは やっています。
「あ、もしかしてこれ、今 使いやすいかもしれん」という彫刻刀もあります。
そこら辺はやっぱり ずっと眠らせておくのはね、
ちょっとかわいそうなので たまに。
「やっぱり、まだあかんわ」ってのもありますけれど。
その時の自分の手の感じで、やっぱり鑿を選んでいます。
面白いですよね。
それで数が増えていって、
鑿が大体 200本、
彫刻刀で 400本ぐらいが 今あります。
で、そのうち実際に その時、その時に使えているのは、
鑿で20本まで、
彫刻刀で 多分50本までだと思います。
これだけ増えちゃったというのは、
自分が試行錯誤して作ってきたものもあって、
年齢と共にそれだけ変わってきているんでしょうけどね。
みんな自分のところに持っている彫刻刀って、自分が使っている量のはるかに多い 10倍、20倍の量を持っているはずです。
それは やっぱり歴史やと思います。
先生の写し鏡の道具を通して、
先生の歴史も見させていただきました。
実際に使っている道具を見せていただくこと自体が貴重で
写真まで撮らせていただきありがとうございました。
※1 第一義...仏教用語で「究極の真理」や「この上ない真実の道理」を意味し、
転じて日常では「物事において最も根本的で重要な事柄」を指します。
※2毘沙門天や吉祥天は、この彫刻刀で彫られました。
※3 仏師の彫刻刀の扱い方についても教えていただきましたので、
こちらでご紹介します。
仏師の彫刻刀はまっすぐじゃなくて、先っちょが少し丸くなっています。
我々は真っ直ぐ切るんじゃなくて、こじるので、
そういう風に研がないと彫れないんですよ、
それを砥石で研ぐのは、すーごく難しいんですよ。
それを仏師研ぎや蛤研ぎ(はまぐりとぎ)と言うんですけど、蛤の殻がちょっと丸くなっていますよね、その形に似ているので、そう言われていますが、研ぐ方法は横研ぎです。
先を研いで、中を研いで、後ろを研いでとしながら、刃の先の部分をハマグリ形にしていって、最後は少し起こすんです。
まっすぐ起こすだけではなくて、丸くするんです。
それが、すごく難しかったんです。
刃を自分で研ぎながら欠かせたりしちゃうんです。
昭和50年ぐらいまで、すごい良い砥石がふんだんにあったけれど、砥石がもうなくなってきた。
もう今は砥石屋さんに行っても、本山(もとやま)とか巣板(すいた)とか、いろいろな名前がついている山から切り出された特徴のある切れ味が出るものはないですね。
それこそ、そこらの石みたいなのが置いてあったりするんで、これでは研げないな、というのがあって。
それから、しばらくして研磨機というのが出るようになって、その改良型が京都で生まれて、それをいち早く使わせてもらったんですよ。
研磨機ってバフがくるくる回っているので刃に当てると、熱が加わるんですよ。
熱が加わって、使えば使うほど どんどんどんどん 焼きが甘くなっていくんですよ。
そういうのもあって、焼き鈍(なま)しをしなくても、普通に硬い刃物を柔らかく、もう自然と丸くなっちゃう。
あ、これ我々に向いている!
仕上げが本当に難しい仏師研ぎができるというのが分かって、それでもう みんなこぞって使うようになりました。
砥石で今でも研いでいる人もいるし、もうそれこそ片手で簡単に研げる人もいます。
私らが研ぐのは そこまで名人ではないので、しっかり肩を極(き)めて研ぎます。
鉋(かんな)は、今でも我々も砥石で研いでいますけど、彫刻刀や鑿に関しては研磨機に頼っていますね。
その方が後がやりやすい。
ただただ、ずぼらしているわけではないですよ。
そんなやり方は!?
鑿や彫刻刀を冒涜しているといった意見もありましたけれど、今はその人らも使っています。











